そして円環はひらく

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贖罪

贖罪

贖罪

積んどいて良かったー面白い!ネタバレあり。
美しい描写に溢れる幼少期、家族の間で少女ブライオニーは物語を繰り広げる。
大好きな兄リーオン、そして悪夢を見ると宥めてくれる優しい姉セシーリア。
その豊かな、そして頑なな想像力の中で、ある日少女は罪を犯す。
性に対する幼い嫌悪感と正義感、そして思い上がり。
幼馴染ロビーは性犯罪者に仕立て上げられ、セシーリアと離れ離れになる。
恋に気付いたその日に。


その後紡がれるのは、この罪が核となって人生を変えられた人たちの物語。
ロビーは恋人と過ごすはずの時間を厳しい刑務所で過ごし、戦争へ赴く。
セシーリアは恋人の帰りを待つ。
看護師になったブライオニーは贖罪を胸に、看護師の仕事をする。
そんな中ある日、彼女は意を決して姉の元へ向かう…
何とそこには姉と暮らすロビーの姿。愛は失われず、二人は一緒にいた。
ロビーは敵意をむき出しにするがセシーリアに宥められ、とにかく赦されずとも3人は再会を果たす。
そしてこの作品の必然として、第三部の最終、ある事実が明かされる。
文末の目を疑う署名。


ブライオニー・タリス
ロンドン、一九九九


鳥肌。瞬間、どこの部分が都合のよい”虚”だったのか…高速で頭が働く働く(笑)
あぁやっぱりこの違和感。全ては彼女の手記だったのか。


続く最終章、現在。ロンドン一九九九年。
77歳のブライオニーは自分の書き物に思いを馳せる。
現実ではロビーは戦地で死んだ。セシーリアは同年爆撃によって死んだ。
二人の愛は叶わず、もちろん姉の部屋での三人の再会も無かった。
私は贖罪を胸に罪のない愛の形を完成させた。
自身の罪を描くことに力を注いだ。
書き物の中でも自分は赦されたことにはしていない。
そして締めくくりはこうだ。
「物事の結果すべてを決める絶対権力を握った存在、つまり神でもある小説家は、いかにして贖罪を達成できるのだろうか?」
これが「贖罪」というタイトルの本意。


私からするとブライオニーはとても狡い。悪意を抱くほど。
書き物の中で彼女は謝った。「本当に本当にごめんなさい」
馬鹿げて不適切な言葉だったかもしれないが、赦されはしなかったが、彼女は謝ったのだ。


そして一番違和感のあった場所、再会した時のロビーのブライオニーに対する怒り。
あれがブライオニーの想像する、そして許容できる限界なんだろう。
ロビーの怒りを自分に向けて決着を付けているのが狡い。
彼女はロビーに怒りの言葉を発せさせ、それを受けとめるべく対面している。
実際には彼はあのように表現できる怒りとして消化できていないかもしれない。いや、憎んですらいないかもしれない。
なのに書き物の中で彼女はロビーの言葉に傷ついている。


結局、彼女は幼少期から何一つ変わっていない。
自分の世界の中で生き、その世界の中で手にした定規を離さないのだ。
現実では彼女はロビーの言葉に傷つくことすらできない。
謝ることすらできない。
だから書き物の中、憎まれる事で、赦されない事で、罰を受けている。それが彼女の”贖罪”。
自らを断罪するあの物語は彼女にとっての救いなんじゃないだろうか。


本作は文学的な表現の美しさと語りの重みを持っている。
冒頭のまだ動き始めない物語も、風景が美しく心理描写も細やかで文字を目で追うだけで楽しい。
少女創作の劇を少女の思い通りにやろうとするあたりは、ブライオニーを一気に把握できてとても面白い。
思春期のある時、内向しているものが一気に外へ跳ねるような感じ、
セシーリアとロビーとの間のじりじりした空気、このままではいられないという緊張感もたまらない。