そして円環はひらく

ただの読んだ本メモ、人が読む用には書いていません

密やかな結晶 他

密やかな結晶 (講談社文庫)

密やかな結晶 (講談社文庫)

村上春樹のセラーを抜くのがこの人なら。
少しは納得行くなぁ・・・という程、久々に感じ入りました。
「何か」が消失していく島。
それはフェリーであったり鳥やバラであったり、また写真であったりする。
水面に広がる波紋のように、静かに一瞬で容赦なく記憶の淵から失われる。
「消滅」では無い。文字通り「消失」。
写真は意味を持たない紙切れになり、それを見ても昔の思い出が刺激される事は無い。
もうその物に対して何のイメージも感情も持てない。それが消失。
住民達は日常の事として享受して暮らしている、そんな島。

それと同時に進行する「声を無くす少女の物語」。
こちらもうまく言えないが、とにかく一読して損は無し。


博士の愛した数式

博士の愛した数式

こちらは何となく「センセイの鞄」っぽい感じなのかなぁと思っていたら。またやられた。
この人の描く「喪失」は、とても日常ことで。
登場人物たちが静かに生きているから何だかたまらない。


私と息子はその人のことを「博士」と呼んでいる。
家政婦として出会った主は、ある事故を境に記憶を80分しか留められない。
80分のビデオテープ。
博士の背広には沢山のメモが付いている。
新しい家政婦さん、その息子ルート、誕生日パーティのこと、そして一番大切なメモ「私の脳は80分しか記憶できない」
失われないこともある。
数式に対する美意識、尊敬の念、小さきものへの慈悲。
息子にいつも言う台詞「この頭には…」は胸を切なくさせる。


ひとつ疑問がある。
博士にとっての毎朝は「事故のあった翌日」なのだろう。
それ以前の記憶は失われない。
もちろん母屋の彼女に対する愛情も変わっていない。
彼女は決して忘れ去られる事のない記憶の中に住んでいるもの。
とすると、毎朝「事故の翌日だと思ったら十何年も経っている」時間経過を受け入れ
「年老いた自分」と折り合いを付け、さらに「愛する人と決別」するんだろうか。
毎朝彼女を盗み見に行ってその姿を確かめずにはいられないと思う…
彼女との折り合いは、離れと母屋の距離だけでは付かない気がするよ。